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歌を唄う猫の夢

定期更新ネットゲーム『Sicx Lives』の、 日記・雑記・メモ等が保管されていくのかもしれません。 昔は『False Island』のことを書いてました。

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[ Flare's Eye -Daydream-]


眠り姫は夢にまどろむ。
それは少女の知り得るべくも無い、遠くて、古き追憶――


 -+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-
[ -Someone's Memory- ]


「妖術に頼るとは、らしくもない」

巨漢の威丈夫が、座り際に吐き捨てた。
荒々しく板床へ置かれた黒漆瓢箪の口から、濁った水が溢れている。
その様を見て、上座に座る美髯の男は眉をひそめた。

「呑んでおるのか」
「これが呑まずにいられるか!」

威丈夫は、苛立ちを隠そうともしない。

「紫波郡の兵は壊走した! 俊哲の落胆ぶりを見たか?
 愚業の挙句に死した兵は千を越える。
 それでもあの奇人は策の運用に違い無しとほざく。
 人の命は、浅薄に扱われて良いものではなかろうよ!」
「……俊哲はどうしておる」
「自陣で謹慎しておるわ。
 負け戦の演出が任なれど、悪戯に兵を失いたるは己が責任とな。
 喪に服すは良いが、軍師殿に悔恨の情など伝わりはせんよ」

瓢箪を傾け、一気に煽る。
漂う酒臭は鼻を曲げるほどに強烈だが、真水を飲み干すが如く喉をうねらせた。
美髯の男は嘆息し、ぐいと、威丈夫より瓢箪を取り上げた。

「なにをする」
「野足、酒は控えよ。お主は明日には出陣する身であろう」
「だから、呑むのだ!」

瓢箪を取り返そうと手を伸ばす先で、美髯の男は掌を打って跳ね除ける。

「お前とて、解っているのだろう?
 奴がおらねば蝦夷は崩せぬ。彼の地には結界が張られておるのだ」
「結界など、何するものぞ。
 妖しげな術に頼らずとも、気勢で破ればよいではないか!」
「気勢で破れるなら苦労はせぬ。
 それが出来ぬから、紀殿は衣川で敗戦したのだ」
「結界など関係なかろう。あれこそ失策に過ぎん!
 故人をあげつらうは本意でないが、蛮族の策が優れておっただけであろうが」

威丈夫はせせら嗤う。言外に臆病者めと滲ませていた。
有り得ない事だ。
衝動に理性が追いつかないほどに、彼は酔いに溺れている。

美髯の男は立ち上がり、ゆっくりと腕を引き絞る。
渾身ではない。加減の効いた一撃が、威丈夫の頬を鋭く殴り飛ばした。

「ならばお前は正面から戦うが良かろう!
 俊哲が多兵を失ったは、明らかなる愚策に乗ったからか?

 お前の元に報告は届いておらんのか。
 霧に惑いて地の利を見失い、妖魅に襲われ喰われた兵どもの死を紛い物と断じるか。
 我等が鍛えし征夷の精兵は、夢幻に背を見せる弱兵と愚弄するか!」

怒声は果たして聞こえていただろうか。
男の拳は威丈夫を吹き飛ばし、壁にめり込ませるほどの衝撃だ。
多少、腕に覚えがある程度では。死に至らずとも気絶くらいはしてもおかしくない。

「……奴を苦々しく感じておるのは、私とて同じだ。
 相手は蛮族であり、まつろわぬ者共ではあるが、
 奴等には奴等の歴史があり、生活があり、崇敬がある。

 聖域を血で汚し、疑心を煽り、女子供を襲い、
 事もあろうに、妖怪の仔へに禍つ霊を憑かせ放り込むなど、正気の沙汰とも思えぬ。
 ましてや同胞の命すら人柱に転用しようなどとは、火照る怒りも抑え難い。

 ――だがな。天朝の命には逆らえん。
 奴を推挙し、我が軍に随行させ、策を実行せよと命じたのは誰か忘れるな!」

叱責、凛と放たれ突き刺さる。
威丈夫は濁々と血を流し、ふらつく頭蓋を奮い起こして膝を付く。

酔いは一瞬で晴れた。
己が前にしている相手はかつての同僚であるが、現在の上司である。
そして、恐らく国内で一番強い漢と呼んでも過言ではあるまい。


「おやおや、何やら只ならぬ御様子ですね。
 対屋の方まで音が聞こえましたよ?
 不和の騒ぎを起こしては、侍達の心もざわつきましょうぞ」

しゃらりと――
廊下に薄い繻子を引きずりながら、雅やかな涼声が横槍を入れた。

「刻継殿……」

怪装、と呼ぶのが相応しいのであろうか。
本来はゆったり着こなすはずの直衣は手首と腰で絞られ、布袴も足首辺りで括られている。
しかも装束の色は尋常でなく、貴色を除くあらゆる色が使用されているのではと思わせるほどに極彩色。
見るものが見れば、まるで人型の蹴鞠のようだと評せるかもしれない。

更に、声の主は顔を面頬で覆っていた。
瞳までも覆う白い仮面の口は、不気味にも耳まで裂けており、嘲弄に彩られて見える。
その姿、まさに奇人。
五百年先ならば傾奇者、千年先ならば道化師とでも呼ばれていようか?

「酒の席が荒れただけだ。何事もない」

傲然と見下ろす怪装の主に、威丈夫は額の血を拭って視線を逸らす。

「ほほ。いけませんね、野足様。
 酒精に誑かされたとはいえ、大将軍に喧嘩を売ろうとは。
 もっと己の身の程を知らねば」
「―――!」
「……刻継殿。良い、下がられよ」

だが、顔も窺い知れぬ仮面の者は、檜扇を口元に当て、くつくつと笑む。
それが癇に触るのだと気付いていて、あえて見せつける。

「国崩しの手順にいささかの変更が御座います故、軍議を開きたいと思うのですが、如何ですかな?
 "征夷大将軍" 坂上田村麻呂様」

美髯の男は、蒼鷹と例えられる瞳を光らせて振り返る。
彼には使命があった。
主上より直々に任ぜられた、蝦夷討伐の大任が。


時は、延暦二十年を迎えた春。
後の世に、平安時代と名付けられて間もなき頃の記憶である。

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