2008/07/03 (Thu) 探索45日目-日記

[ Third person -NEXT Encounter- ]

　ころころと転がす。
　右へ、左へ。
　ほっぺたがひっぱられて形を変える。ぐにっ、ぐにっと。

　口内で異物が暴れる感覚が、とても心地いい。

　自由に操ることができるのに、自分のものじゃない。
　唾液をまぶし、撫でて押しやり、歯で削りながら挟みつけ。
　舐めて、舐めて、舐めて、とろけさせて。屈服させる。

　やがて、消えゆく儚い命。
　大きかったものが、小さく、か細く、消えてゆく。
　つまんない、捉えどころの無い残滓が舌先に残り。

　しばらく、呆けて夜空の半月を見上げる。

　腰掛けた木の枝は、みしみし軋んでいて、とても不安定。
　けど、身体を揺らすたびに、ゆらりと手ごたえを与えてくれるのは好き。
　楽しくなってきたので上半身を跳ねさせた。びょん、びょん、びょん。　

　飽きた。

　ポケットをまさぐる。
　ぼろぼろと落ちて地上へ吸い込まれていくキャンディたち。
　赤、青、黄色。透き通ったジュエルカラー。

　ひとつだけ掴みとることに成功し、指先につまんで持ち上げる。

　今はハニーレモンの気分。薄い金色。ピリッとしてトロトロな味。
　真っ白だったら棄てる。ハッカ味は食べたあとでスースーするから嫌い。
　チェリー味なら合格点。水っぽくて甘くないけど、血の色みたいな赤が好き。

　黒色。

　あれあれ。なんだっけ、これ。コーヒー味？　チョコレート味？
　茶色でも灰色でもなくて、黒。光沢のある、艶々した漆黒。
　内側でめらめらと、もっと奥深い闇色の輝きが燃えている。

　ぽーんと空に放り投げて。

　ひゅるるると落ちてくる黒いあめだまを、空中でぱくっとキャッチする。
　前歯に当たった。痛みが顎を伝って駆け巡る。
　その痛みさえも、どこか気持ちよく。

　突然、腰掛けている辺りからメキッと嫌な音が鳴った。
　続いて、森の風景が斜めに傾いでいく。
　ぐるんと目がまわり、折れた枝ごと地表へ――、堕ちた。

　あめだまの味はわからなかった。
　頭を大地にぶつけた拍子に、ごくんと飲み込んでしまったからだ。　
　甘さを感じなかったから、きっとイヤな味だったに違いない。


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　魔力の磁場はかなりの濃度に達しているけれど、常なら感じる違和感はない。
　賭けには勝った。覗き見の悪戯小僧は、まだこの戦いを知らないはず。

　制約に縛られた道を抜けるための、一手。
　身を隠し、姿を見せない敵を炙り出す挑発。――ならば、勝たねばならない。

「禁忌、災厄、疫神――。
　どれも一様に、心へ不安を囁きかける称号。正常に在らざる者の喩え。
　守護者の中でも、最も正体が不可解とされている」

　暗がりから、ひょこひょこと歩いてくる子供を見つめながら、ラズが呟く。

　珍しくも、リズが息を飲み込み、無言でカードを取り出した。
　緊張は伝播する。背筋を流れた、冷たくて嫌な汗。
　殺意は見えないのに命の危機を感じる。異質で、最悪な脅威。

「おっ！　おっ？　もしかしてサカキがいってたやつかぁ？」

　朽ちた赤髪を痒そうに掻き毟りながら、その子供は突然礼儀正しくお辞儀した。

「はじめましてぇ！　おらはペルケペリカだよぉ」

　動きに比して、豹柄の布服から無造作にこぼれ落ちる色鮮やかなキャンディーたち。
　少年――あるいは少女――は、目前の相手を無視して屈みこんだ。
　緩慢な動作で、あめだまを拾い始める。
　ふれあが敵を手伝いだしたのを見て、アルワンが慌てて怒声をあげた。

　機先を制される形になったが、魔術師の少女は動じない。
　情報は制している。場所がわかった時点で探らせておいた。

　仲間だけに聞こえる声で、手短かに囁く。

「相手のペースに飲まれてはダメ。
　正しい名前は、ペリケペルカ。ああ見えて、地の宝玉の守護者だから」