2010/02/12 (Fri) 偽島16日目＠日記

「あらあら……ダメねぇ14隊ちゃん」

　くすくすと、喉を鳴らすように笑みを零すレディボーンズ。
　成すすべもなく昏倒させられた部隊の兵士を一瞥し、向き直る。

　カリアが超高速で振動する羽根を、わずかに後方へ下げた。
　仲間を打ち倒され、明らかな窮地に陥っているはずの敵が不敵な表情を浮かべている。
　明らかに異様な状況で、無闇に撃ちこむことが出来ない。

「私の可愛い14隊ちゃん、もっとイイトコロに連れてってあげるわ。ふふっ……」

　レディボーンズは、白く艶かしい指先をスッと滑らせた。
　激しい戦闘の末にエーテル濃度が不安定な斑を描いている空間で、新鮮な魔力が生成される。
　不可思議な力場に支えられ、ふわりと、気絶しているベルクレア兵士の身体が浮いた。

「お洋服、汚したくないしね♪」

　虚を突かれた妖精騎士を言葉でくすぐる。

　――そして、敵は戦場から消えた。
　ベルクレア騎士団第14隊は、空中に浮かび、森林を抜けて飛び去ってしまったのだ。

「おー？ これはまた、潔いことで」

　手をかざして騎士団を見送ったジェイが、パチンと軽やかに指を鳴らした。
　気焔を撒き散らしていたミニドラゴンが、召喚主の合図と共に一瞬で消滅する。

「笑いごとじゃない」

　微妙な悔しさを滲ませつつ、大剣を鞘に収めるカリア。

「禍根を残した。無用な恨みを抱え、我々は今後の復讐に警戒しなくてはならない」
「そんなこと気にする質の女には、見えなかったけどなぁ？」

　再び、敵の消え去った空を眺める。
　天候はやや曇り。青い輝きは身を潜め、乾燥して寒々しい灰雲に覆われている。

「ま、縁があればまた巡りあうこともあるだろうさ。
　俺としては是非、遺跡外のラウンジででも出会いたいものだけどな」

　軽い調子でおどけたジェイに、カリアは無言で軽蔑を送る。
　黒髪の青年は肩をすくめ、視線を別の対象へ動かした。

「おい、メルト。戻ってこーい」

　縄を引っ張る。

「にゃー！？」

　運動エネルギーが発生し、森の奥へ続いていた縄が手繰り寄せられた。
　具体的には、縄の先に結び付けられていた天使が物凄い勢いで回収された。

「う、うー。ひ、ひどいです？ メルトは首がしまるかとおもったです？」
「なんで疑問形なんだよ」

　碧髪を揺らして目を回しているメルト。ジェイは首輪ごと、ひょいとつまみあげる。

「で、逃げた先に何かあったか？」
「逃げてないです！ おおいなる誤解です！ 超戦っていたのを覚えてないですか！？」
「ああ、いや。なんとなく」
「なんとなくで名誉をおとしめられたです！？」

　ぎゃあぎゃあ喚き散らす天使に、鋭い剣閃が直撃した。
　カリアの脳天唐竹割りである。

「し、しぬです？」
「鞘がついているから心配ない。斬っても平然としていそうな気もするが」
「不穏当なことをつぶかないでほしいです！」
「……話が進まねぇだろ、お前ら。漫才はあとにしてくれ」

　ジェイが指摘すると、いつの間にか巻き込まれていたカリアが恥じいるように俯く。
　面頬に閉ざされて表情は見えないが、最近、感触で思考が読めるようになってきた。
　旅の仲間としては良い傾向だと、彼は思う。

「で？ 何もないのにふらふら飛んでいかないと思う程度には、お前のことも信頼してんだぞ」

　メルトに電流走る。

「メルトを愛しちゃったですか？」
「愛とかヒトコトも言ってねぇだろ、エセキューピッド！」
「な、縄ごと振り回さないでほしいです！ メルトはヨーヨーじゃないですー！？」

　話は進まなかった。

　後日談ではあるが、この先に遺跡外転送魔法陣の気配を感じたということが事の真相らしい。
　彼らが情報を聞き出した頃には、すでに夜営しないと先に進めそうにない時刻であった。