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歌を唄う猫の夢

定期更新ネットゲーム『Sicx Lives』の、 日記・雑記・メモ等が保管されていくのかもしれません。 昔は『False Island』のことを書いてました。

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 誰しもが、覚えのあることだろう。
 手の届く場所に降りてきた幸せが目前で砕け散った瞬間。絶望に心が支配され、涙も流せず崩れ落ちたあの日のことを。
 訪れるべき喜びが理不尽な暴力に踏みにじられ、色を失い灰に砕け散る景色を成すすべもなく見せつけられたあの日のことを。
 問いかける言葉に、期待する応えが還らない。理想と現実の落差が、心を孤独な空虚に閉じ込めたあの日のことを。

 ――その日、メルトは叫んだ。
 怒りでも嘆きでもない。
 脱力する身体に抗うように、両腕を抱きしめて天へ向かい全霊で慟哭した。

「誰…ですか…? 誰が、誰が、誰が! ――貴様か!」

 言葉づかいを偽装する余裕もない。
 脳裏を占めた疑念が、神の御使いをして心を憎しみに染めあげる。

「貴様が、メルトの大事に取っておいたショートケーキの苺を食べたですかー!」

 凝視されたカリアは冷静な態度で迎えうつ。

 メルトの背後では、箱の形状を持つ、低温で保管することを目的とした冷凍設備の扉が開かれていた。
 メルトが突き出す皿には、軽やかで艶やかなホイップに彩られた美味しそうなケーキがワンホール。
 だがその円柱には、本来在るべきルビー色に艶めく瑞々しい果実が存在しない。

「いつまでも残しておくからだ。……お前は、前にそう言ったな?」

 ほのかに匂う桃苺の残香。
 犯罪の痕跡を残す妖精騎士に、愛の天使は耐冷ミトンタイプの白手袋を勢いよく投げつける。

「決闘ですー!」


            -+-+-+-+-+-+-

「……オイ」

 突然の展開に思考の回転が追いつかずにいるジェイが、唖然の響きで質問を差し挟んだ。
 
「別にいいじゃねえか、苺を食べられたぐらい。ケーキ本体は無事なんだし?」

 しかし問いかけは、涙をあふれさせたメルトの逆鱗に触れたらしい。

「黙れ小僧!」
「小僧!?」
「ジェイは、店でステーキを注文して一時間待っても何も出てこなかったらどうするですか!」
「……え? ……店員に文句をいう……か、な?」
「もし、バターだけが出てきたらどうしますか! デミグラスソース付きで!」
「ええと…、怒る…、か?」
「ならばメルトの怒りも理解できるはずです!
 理解しろ! 苺のないショートケーキなど、栗のないモンブランケーキに等しい!」

 その等しさは間違っていない。
 そしてその等しさごと、まったくもってどうでもいい。
 けれども憤怒に染まりしメルトは、ジェイを思わず後ずさりさせるほどに鬼気迫っていた。
 迂闊に隙を見せれば、喉首をクリティカルされかねないほどに危険な殺気。

「退け、ジェイ」

 カリアが空中を滑るように、前へ出た。
 遮る白銀の手甲に理解不能のプレッシャー。ジェイは思わず、一歩を後ずさる。

「貴様には理解できまい。あのケーキが失った、苺の真理が」
「真理!?」
「例えるならば、財産を不条理な戦に奪われた、弱き民草の怨嗟」
「えっ。それ、お前にはわかんの…? …え、あれ? お前が苺喰っちゃっ」
「されど! 王には民衆の絶望を土足で踏みにじらねばならぬ時もある。
 ケーキの未練を断ち切るために、涙を隠し断行せねばならぬ粛清もある。
 プリンの恨みを晴らすために、感情を優先して思い知らさねばならぬ時もある!」

 どうしてだろう、俺にはさっぱり意味がわからない。
 頭上に無数のハテナマークを浮かべて頭を抱え込むジェイを背に、カリアは音を立てて抜剣した。
 プラチナブロンドの長髪に緊を張り巡らせて、告げる。

「一騎打ちだ。――こい!」
「しにさらせー!」

 メルトが大仰な仕草と共にばら撒いた無数の光弾を、カリアは鮮やかな手さばきで次々と叩き落とした。
 振り抜いた刃筋が、衝撃波を伴って風を裂く。強く引き絞り、狙い撃つ焔矢が迎撃する。
 身長はミニチュアサイズのくせに、未来に立ち塞がる数々の強敵を退けてきた二人だ。
 一撃一撃に、必殺の威力が宿っている。
 反れた弾道は調度品を粉々に粉砕し、跳ねた剣閃は脚付きの寝具を易々と両断し。

「あああああ。……ああもう、どうなっても知らねぇぞ俺は」

 決闘地は遺跡外の宿屋だ。補修に請求される金額を計算しかけて、ジェイはついに考えることをやめた。
 そうだ、俺はここにいないことにしてしまおう。
 しかし、こっそり立ち去ろうとした彼の背後に二人から声がかかる。

「立会人は最後まで見届けるべきだ」
「立会人は最後まで見届けるべきです」

 逃げそびれた。
 生温い笑顔を浮かべて自失するジェイを余所に、二人の戦いはますます苛烈さを増していく。
 紅の炎が、蒼い炎が、炸裂の轟音を帯びて飛びかう。
 カリアの踏込をメルトは光の壁でいなした。そのメルトの撃ち込みを、カリアは裏手に隠し持つ短刀で切り飛ばす。
 斬撃、穿矢、刺突、光芒。力の応酬はいつ果てるともなく続く――。

「このままでは決着がつかない…。どうやら、最終奥義を出すしかないようです!」
「いいだろう。貴様に喰われた三日前のプリンの怒り、身をもって思い知るがいい!」

 メルトが瞳を閉じる。エーテルの羽が広がり、神々しい輝きを放ち始めた。
 カリアが宙を踏みしめる。妖精の羽が鱗粉を弾き、美しい煌めきを纏い始めた。

「カリアなんて、食虫花とラブラブになって背徳の愛を貪りつくすがいいです!」
「面白い。二度と天使を名乗れぬよう、頭上の光輪をジグソーパズルにしてやる!」

 空震と呼ぶべきか。
 衝突する覇気が荒々しい震動を迸らせ、みしりと部屋が軋んだ。

 妖精の銀剣が袈裟斬りに振り抜かれた。逆巻く風が爆発的な嵐と化し、襲いかかる。
 眩い黄金に凝縮されたキューピッドの矢に、禍々しい愛の呪いが宿り、解き放たれる。
 どうにでもなぁれという笑顔でジェイがテーブルに置かれたホールケーキを一口で食べる。

 ――そして、唐突に決闘は終焉を迎えた。

「ジェイ、いま何を食べた?」
「ジェイ、いま何を食べたです?」
「はむ?」

 唇の端についた白いクリームをペロリと舌先で舐めとりながら、ジェイは戸惑いの表情を浮かべる。

 事の起こりは三日前。
 メルトが冷蔵庫のプリンを自分のものだと思って食べたことが、すべての始まり。
 カリアが、プリンの無残な姿を発見したときから、二人の間には不穏な気配が生じていた。
 一度の口喧嘩。表面上の仲直り。
 しかし今日、燻っていた煙に火が付いた。
 カリアはメルトに復讐を果たした。ケーキの苺だけを先に食べてしまうという神をも恐れぬ暴挙。

 そう――、このケーキは両名の炎上を未然に防ぐべく、仲直りのために三人で買ってきたホールケーキであり。
 三等分にして、仲間同士の結束を改めて強固なものにすべく入手した、仲直りの契印であったのだ。

 彼が、無意識に口に運ぶ瞬間までは。

「……あー。いや、違うんだ、これは」
「ほっぺたにまだ、クリームがついてるです?」
「勘違いにしては、滑らかな動きだったな?」
「いや、待て。落ち着いて考えるんだ。
 テーブルに手つかずのケーキがあったら、知らず知らず手が伸びちゃうもんだろ?」
「伸びないです」
「伸びないな」
「………」
「………」
「………」

 天使と妖精は、沈黙を深い悔恨の溜息で破壊する。
 やがて、罪人へ冷徹な視線を突き刺して、告げた。

「決闘です!」
「決闘だ!」
「俺かよ!?」

 げに恐ろしきは食べ物の恨みなり。
 その晩、3人は宿屋を追い出されたことは言うまでもない。

+斜+[■第五回 文章コミュイベント■
  タイトル:ラブとライクとあの日の僕ら(シチュエーション:一騎打ち、キーワード:ほのぼの+最終奥義)]-斜-

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