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歌を唄う猫の夢

定期更新ネットゲーム『Sicx Lives』の、 日記・雑記・メモ等が保管されていくのかもしれません。 昔は『False Island』のことを書いてました。

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「この先は君たちの未来じゃ…、…ない」

 本を抱えた少年は、無表情に呟く。
 パラパラとめくれていく分厚いハードカバーから、また、一枚の羊皮紙が破られた。

 管理者として行使が許された隔ての枚数は6枚。
 だが、もはや1枚たりと残されてはいない。今破られたページが、最後の一枚であった。
「どうして……ッ」

 わずかに顰めた眉が、悲痛と取れる表情を見せる。彼は決して、感情のない人形などではなかった。
 島における管理者のひとりでありながら、血の通った人間のひとりでもあったということか。

「なるほど、そういうことか」

 ジェイは舌打ちしながら告げる。

「セフィロトのエミュレーター……まさか、こんなところで出会うとは思わなかったぜ」
「え。もしかして、アカシックレコードの違法バックドアですか」
「ああ。天界の失態のひとつ。堕天使に盗まれ、世界にバラまかれた違法アーカイバだ」

 メルトの問いに、つまらなさそうに応える。

「確か、ルシフェル様がバラまいたとかお聞きしましたがー」
「……いやいや、違法拡散はオ……じゃなくて、あの堕天使の仕業じゃないはずだぞ?」

 ジト目をくれるメルトに、ジェイは若干視線を背けながら返す。

「つまり、生命樹の構成改良品ということか?」
「そ。妖精界で違法栽培されて大問題に発展してたアレ、な」

 カリアは苦虫をかみつぶしたように、唇を引き結んで苛立ちを見せる。

「私が国を出奔することになった件だ。忘れようはずがない」

 そのまま剣を少年に突き付ける。

「その本は"ワールド・アーカイバの管理者権限"だな?
 ――貴様、何者だ」

 予想はしていた。榊という道化師が、次元犯罪者だという話があった時点で。

 次元犯罪者とは、文字通り次元の壁を抜けて犯罪を繰り返す者の総称である。
 通常、生命とは創生の次元を抜けられぬものであるから、それは天使や悪魔と同じ高次元生命体の能力を備えていると言えよう。
 能力の手に入れかたは、偶発的、実力、学問の末に辿りついた者など多岐にわたる。
 それらを管理するのは神界の仕事であり、次元航行者は厳しい制約のもとに許可されていた。
 しかし管理を嫌い、違法に次元航行を続ける者も少なくない。取り締まりは天界の仕事だが、それだけでは犯罪者として認識されない。
 次元犯罪者は、辿りついた次元で欲望の命じるがままに異界を弄び、滅亡という形で投げ捨てていく無法者たちのことである。
 特徴として、彼らは移動先の世界を調律し、異物である己を世界の一部として溶け込まてしまう。犯行の発覚が遅れるのはこのせいだ。
 その世界の調律に使われているのが、"ワールド・アーカイバ"と呼ばれる違法システム。

 要するに、この世界は次元犯罪者により違法調律され、閉鎖された実験場――あるいは、遊び場と化しているということだ。

「何を言っているのかわからない」

 少年は答える。

「この本は、過去と未来を紡ぐ歴史書。
 そしてこの世界は物語。神にも悪魔にも邪魔されない、現実から乖離した童話」
「……。どうやら、この子も真実を知らない可能性があるですか」

 メルトは嘆息する。管理者権限ではなく、利用者権限。黒幕は他にいる。

『その通り!』

 不意に大音響で声が轟いた。
 ぐにゃりと視界が歪む。再び強制転移が行われているのだと気づいて、ジェイが即座に結界を張った。
 今なら理解できる。少年も、そして榊も、世界を操作できるワイルドカードの持ち主だということが。

「お久しぶりと申し上げるべきでしょうか?」

 招かれた先は、ユグドラシルの麓だった。――また、引き戻されたということだ。
 相手は世界の管理権限を持っている。別に驚くことではない。
 
「榊……!」
「ふふ、あの時はよくもやってくれましたね! おかげでプラン変更を余儀なくされてしまいました」

 ニヤニヤ笑う道化師を前に、メルトは懐の宝珠をぎゅっと力強く握りしめる。
 奪われないよう幾重にも術式を仕掛けているが、想像以上に相手が悪すぎる。
 一度は友の仇として刺し違えようと考えたこともあったが、自分の手に負える相手ではなかった。

「ククッ、ご安心ください。この場に限っては貴女がたの大勝利といえましょう」

 榊は邪悪に満ちた笑顔を浮かべながら、慇懃に礼をする。
 その背後にそびえたつ巨大樹を見て、カリアが思わず驚愕の言葉を漏らした。

「ユグドラシルが折れている……!」

 正確には分断されているというべきか。
 左右に割れて崩れ落ちたユグドラシルは、力を失ったためか急速に枯渇し始めている。

「壊したのは私ですが、ひとつ、教えておきましょう。
 私は"管理者"ではありません」
「………!?」
「私は彼女を、この島の閉鎖回路から脱出させるために来た。ただそれだけなのです」

 そう告げて促す先には、白いドレスを着た白い髪の少女が大地にペタンと尻もちをついて崩れ落ちていた。
 何が起きたのかはわからないが、おそらく彼女は負けたのだろう。
 もしかしたら、メルトが宝珠を奪ったことが間接的に影響しているのかもしれない。

 榊は、意図は伝わったとばかりに頷くと、顎を持ち上げて天を仰ぎながら大仰に両手を広げた。

「…ごきげんよう皆さまッ!」

 高台から、同様に招かれたすべての探索者たちへ向かって言葉を放つ。

「……そしてさようなら皆さまッ!!
 これからこの島の一斉水洗いクリーニングを行ないたいと思いますッ!!
 少々悪い虫に食われているようでして、ゴキジェートだけでは物足りないのでバルサーンをするといった具合ですなッ!!
 そしてこの島は再び生まれ変わり、正式にこの世界の機能の一部となるのですッ!!

 …いや、そうなるでしょう!
 天国か地獄かパラダイスか、それはこのおてんば娘カエダさんの調教次第ではございますが、
 またお会いできることを心より期待しておりますので、
 貴方達が過去の存在となった際にはぜひこの島にお越しくださいませッ!!
 …ヒヒッ!」

 スーツの胸元から本を取り出す。本の装丁は、少年が持つものと同じものだ。
 榊は栞を抜き取り別のページに差し込む。

「それでは皆さま、しばしの間、流れるプールをご堪能くださいませッ!!」

 不意に吹いた風に、阿鼻叫喚の叫び声がほとばしる。

「み、水着です!?」

 今まで来ていた服がすべて剥ぎ取られ、水着姿に変わってしまったのだ。
 場に居合わせた者、一人残らず例外なく。
 これが、世界を調律する力――

 次元犯罪者の強大な力に圧倒される間もなく、島の南部から大地を轟かせる震動が響いてきた。
 津波。水の性質を帯びているが、エーテルの波濤ともいうべき力。
 メルトにはそれが、本をめくるページの一枚にも視えていた。

 水着姿に換えられてはいたが、宝珠は手に残されたままであることに今更気づく。
 取り戻されなかった。

「…それはご褒美です。
 天界も今は大変な状況でしょう、お察し申し上げますよ。…ククッ」

 榊の声が耳に届いた気がした。
 次の瞬間、波は榊とカエダを除いた全員を巻き込み、抗う力もむなしく北へと押し流していく。
 わずかに見開いた瞳に、沈みゆく島が見え――


        -+-+-+-+-+-+-


 宝玉を撫でながら、メルトはため息をついた。
 キューピットの上司でもあるハニエル様からは、いまだ帰還許可の指示が届いていない。

「結局、まだ天界に戻れないです」

 どうやら現在、天界は混乱の真っただ中にあるらしい。
 漏れ聞いた話によると、天界大法院が下級天使を使い捨てにしたり、見殺しにしてきたことが問題化しているとか。
 本質はもっと複雑で、根深く、難しい大事件なのだろう。
 でなくば、ミカエル様陣頭指揮で天上掃討戦が行われているなどといったデカイ話になるはずもない。

 ただ、メルトとしては胸のすく想いだ。

 赤髪の小精霊を救済するために、親友ノエルは自らを犠牲にした。
 精霊を死に近づけたのは榊だが、これは間接的な要因に過ぎない。
 精霊に仕込まれていた神殺しの咒術を危険視した大法院は、精霊と精霊の守護神を暗殺する任務をノエルに託した。
 更に大法院は、暗殺成功後に下級天使ノエルを自死させる指令をプログラムしていた。
 大法院が、神勅の大綱の裏を掻いてまで企てた暗殺計画と、隠蔽しようとした事実がなんであるか。
 メルトの助けた赤髪の小精霊を証拠とし、一連の不祥事を暴きたてたのはミカエル様やハニエル様ら複数の熾天使たち。
 金星の神姫ヴィーナス様の承認のもとに行われている大粛清は、大法院の罪を明るみに晒すだろう。

 メルトの居ない場所で進行している話だけに、まるで実感は湧かない。
 湧かないが、ノエルの死が報われたこと、小精霊には転生の道が用意されること、すべて良い方向へ転がっている。

「掌の上で転がされまくりです」

 自分があの島で成功したのは、赤髪の小精霊を助けたことだけ。それもヴィーナス様とミカエル様が用意した道。
 仕方がない。自分は、"今は"一介の下級天使にしか過ぎないのだから。

「こら、莫迦天使――!」

 絶叫が聴こえる。急にざわめきだした周囲の気配に、メルトは不快な気持ちを覚えた。
 まったく、物思いにふけっているというのに現実はいつも容赦ないです。

「遊んでないで戦え!」

 振り返れば、そこは血みどろの荒野。
 ジェイが呼びだしたバハムートが光の砲撃を浴びせ、堅い岩盤ごと群集する甲殻類を吹き飛ばしている。
 一体ずつ、確実にとどめを刺していくのがカリアだ。
 妖しく煌めく銀剣は、振り抜く剣閃に威風を纏って空を駆け甲鎧を斬り飛ばす。
 息つく暇もない激戦に、欠けているのは一人だけ。

「……ふう、やれやれです。メルトがいないと、みんなダメダメです」

 罵声が飛んでくるが、気にしない。
 まだこの三人で旅が続けられるうちは、もう少し自由を楽しんでいられるのかもしれません、と。
 メルトは微笑み、力強く弓を引き絞ったのであった。

「愛の矢いっぽん、逝くですよ――!」



                                         ~Fin.

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