2008/04/19 (Sat) 探索36日目-日記

[ -Recollection- ]


　煌々と地表を照らす月明かりに想う

　幸せだけを観て逝ける世界であらば、どれ程の夢を語れたであろうかと

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[ -Someone's Memory- ]

　蝋燭の炎が揺れる。
　アール・デコ様式のアンティークな窓枠が、ギィギィとかすかな軋み音を立てている。

　月光射す薄暗い部屋には、一人の男がいた。
　柔らかくなめした革張りの椅子に深く腰を沈め、琥珀色の液体を満たしたブランデーグラスを片手にくゆらせて。

　磨かれたマホガニーのテーブルには、形状表じ難い奇妙な物体が無造作に据え置かれている。
　
　――仮面。

　ヴェネツィアン・カーニバルに使われるような、美しくもどこか不気味な様相のマスク。
　白地の輪郭を銀石と深紅であしらい、くすんだ金色で大胆に縁取られることで、必要以上の装飾が施されている。

　知る者が見れば、この仮面をしてジェスターズキャップだと指摘するだろう。
　ジェスターとは、荘厳なる宮廷内にあって、滑稽な仕草と嘲笑の対象にされることを責務とした職種だ。

　即ち、道化師。


「つまらない結果だね？」


　相手をする者は誰もいない。
　虚ろな影に向かい、苛立ちの色彩を滲ませるわけでもなく男は淡々と語りかける。


「千年もかけて育てた苗木だというのに、いまだ収穫も果たせないとは。
　何がいけないのだろうね？」


　応えはない。
　彼の言葉は自問自答であり、つまるところ、ただの独白にしか過ぎなかった。


「やはり、時間を掛けすぎたかね？
　正直を言えば、仕込んだことさえ忘れていたのだけど。――おかげで、嗅ぎ付かれてしまった」


　純度の高いアルコールを煽る。くつくつと喉が鳴る。
　飲み干したグラスを仮面の隣に置き、かすかな溜め息を付きながら天井を仰いだ。

　+小++小+Sephirothic tree-小--小-　+小++小+ access-小--小-　　　　　　　　　　+小++小+SYSOP-小--小-
「生命の構造に介入できるとなると、調律師クラスだね。
　島の調査かな。そちらが優先かな。邪魔してくるかな。邪魔になるかな？」


　声には抑揚がある。ありすぎるとも言える。
　ただ、無理に陽気を装っているという感じではない。恐らく、躁状態がデフォルトなのだ。

　 +小++小+Gehenna-小--小-
「永劫回廊に閉じられるのは嫌だな。捕まる前に手を引いて、逃げるのが一番。
　玩具はヒトツだけじゃない。不良品をリサイクルするより、新品を作る方が安全だね？」


　方針を言葉で論じておきながら、直ぐに否定する。
　その考え方はツマラナイ、と。

　+小++小+False Island-小--小-　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 +小++小+Rule-小--小-
「島の流儀に沿うのは癪だけど。アイツめ、厄介な規律を敷いてくれたものだ。
　しかし、規律に準じれば調律師も限定解除させられまい。……猟犬かな。同業者かな？」


　そして彼は、仮面を手に取る。
　微かな汚れを白く艶かしい指で掃い、愛おしそうに掬い上げ。

　　　　　+小++小+Gate-小--小-
「また、『門』を開いたね。――残念、今回も覗けない。
　どうもあのパーティの中に、先天的な妨害能力者がいるようだよ。偶然かな。計算かな？」


　部屋の隅、陰に溶けていたコートハンガーから、真っ赤なマントを取り出して羽織る。
　重厚なドレープが、風を孕み優雅にふわりと棚引いた。

　 +小++小+Pretty-小--小-　　 +小++小+Pretty-小--小-　　　　+小++小+Guinea pig-小--小-　　　　+小++小+Please come home-小--小-　　 +小++小+To my place-小--小-
「可愛い、可愛い、私の実験玩具。帰ってきておくれ、私のもとへ…♪」


　柔らかなフレーズ。即興の抑揚ながら、無駄のない自然なテンポを刻む。

　道化師はワルツを踊る。
　クローズドチェンジ、ターン、クローズドチェンジ、リバース――。
　独りきりで、軽やかに。くるり、クルリ、狂リと廻る。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 +小++小+capriccio-小--小-
「私の大切な人形達。魅せておくれ？ 素敵な、素敵な、狂想曲を……♪」