2008/10/03 (Fri) 探索57日目-日記

[ -Recollection- ]


　まどろみに追想する。


　彼女にとって、鎧と聞いて連想するのは、遠き過去に体験した記憶。

　正暦元年、大江山の乱。
　鬼を名乗る不埒な盗賊が根城として住み着く妖山へ、四騎の部下と一人の友を連れて潜入した源の若棟梁。

　彼らは山伏に身をやつし、千丈ヶ嶽の砦へ辿りつく。
　持ち込みし酒を振舞い、鬼共を酔いの内に落とし込む。
　頃合を見計らい、彼らは偽装を解きて隠し持つ毒刃抜き払いて斬りかかる。
　成す術もなく、彼ら盗賊は蹂躙され、虐殺され、滅し尽くされた。
　数ヶ月の下見と計略の果てに練られた戦は、始まる前に決していたと云えよう。

　仏敵の狂賊王、酒顛は叫ぶ。我ら鬼に横道なしと。
　勅命の討伐士、源頼光は叫ぶ。貴様ら鬼に生きる道なしと。


　和弓の達人、碓井貞光。梓弓につがえし鏃解き放てば、眉間に胸郭に鋭き一撃を穿つ。
　卜部の術師、平季武。槍を片手に撒きし呪符は、疾風の刃と成りて喉元を掻き切る。
　赤龍の怪童、坂田金時。熊退治の伝説さながらに、振るう大鉞は雷神の如く閃きて。
　剣聖、渡辺綱。数多くの妖怪を切り伏せし髭切りの太刀は、一刀ごとに血塵を舞わす。

　豪腕の青鬼、熊童子。膨れ上がる肉体より放たれし拳は、岩を砕き大地に罅を刻む。
　羅城の白鬼、虎熊童子。俊敏なるは燕の如く、両掌に掲げし懐刃は鎧すら切り裂かん。
　不動の赤鬼、金熊童子。棘の生えし棍棒が薙ぐは、衝撃を伴いて千年樹をも破裂さす。
　一角の黄鬼、星熊童子。尖る爪に砕けぬものなく、罰の鉄枷すら武器とし破壊を散らす。
　妖貌の銀鬼、茨木童子。怜悧な美貌には毒をもち、放つ妖力、天変地異すら招き喚ぶ。


　されど彼ら、狡猾なる奇襲に適う術なく。
　いつしか一兵、また一兵と膝を付き、頭を垂れて大地へ倒れ伏す。
　肉も、酒も、女も喰い散らかし、鬼と恐れられた京の盗賊はここに朽ち果てる。


　零の月齢。闇夜に翔すは一羽の鷲木菟。
　背に、一匹の小精霊。眼下の激突を冷めた瞳で睥睨する。
　此の戦に、如何なる正義があるものか。
　藤原の権勢、源の隆盛、生贄となるは比叡山を追われ大江山へ住み着いた流浪の異端児。

　人が人を斬り、功名を得て世に名を知らしめる。
　哀れなりしは人の業。されど小精霊の心は、卑劣な武者達に寄り添っていた。
　感情ある者ならば、知己なる者にこそ想いを傾けしは仕方が無き流れか。


　見極めよ――。


　源氏の棟梁より精霊に告げられし言葉は、決して優しき言葉ではない。
　綺麗事や御題目など、事実の前にはさしたる意味を持たぬ。
　欲深きことを、浅ましきことを嘆きつつも。
　魑魅魍魎の跋扈せし戦の世を渡らねばならぬのだ。
　力無くば、ただ流され、ただ潰されるだけなのだから。


　――彼女の知る武者は、決して、清白の徒ではありはしなかった。

　だが、彼らの持つ高潔な魂は、彼女が惹かれるに存分な輝きを放っていたのである。


　※チキンレースに間に合わなかったため、実際の日記とは異なる文章となっています。