2009/01/24 (Sat) 探索69日目-日記

[ -Recollection- ]

　ガシャリ、ガシャリ。――それは、雪花石膏の肌が擦れる異音。

　女の指は細く滑らかで、複数の節で構成されていた。
　女の関節は球体で、磨きぬかれた球体に生えた葦であった。
　女の瞳は無機質で、振り落ちる陽光を硬質な輝きで反射した。

　女は人形だった。

　道化の魔導士に操られる、心無き道具の姫に過ぎなかった。

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[ Flare's Eye -Travel Side- ]

　―――。夢を、見た。

　不自然にうねる業炎の道筋を、省みることなく悠然と進み行く己の姿。
　黒煙は新鮮な空気を喰らって虚空へ舞いあがり、荒廃の光景に絶望の煤灰を降らせている。

　誰かが叫んだ。

　　ヒト　ゴロ　シ

　誰かが叫んだ。

　　ウェン　カムイ　ノ　ツカイ

　誰かが叫んだ。

　　ノロワレ　ル　ガ　イイ

　耳にするだけで、穢れを孕ませる汚らしい言葉。
　大地の精霊姫として花よ蝶よと愛でられた少女にとって、聞きなれない雑言の羅列。

　否。

　アイヌの民と朝廷が戦矛を打ち鳴らした時より、陣裏にか細く響き流れた怨嗟の声。
　高邁なる魂は腐り果て、一刻ごとに衰えていく自然との繋がり。
　仕掛けしは敵方であり、我らは護る為に立ち上がったに過ぎぬというのに。

　荒れ狂う火霊の内に、恨みに満ちた呪詛の猛りが潜み。

「アルワン。これは誰のせい？」
「誰のせいでもない。忘れるんだ」

　弑逆を招いた少女の緋瞳は、斑模様の羽根に覆い隠されていた。
　蹂躙されし生命。死が横たわる無惨な景観を事実にせぬため。己の罪業を意識させぬため嘘。

　だが、少女の心はすでに壊れていた。

　古蛇神の呪詛に蝕まれるより、ずっと前に。
　蕗の下に住まう仲間達を、尊敬するエカシ(長老)を、この手で縊り殺した瞬間から。
　理解が追いつかない本能の奥底で、きっと識っていた。

　自分は、生きていては、いけない存在、なのだと。

　赦されざる輪廻。永劫に囚われし悔恨。拭われることなき罪罰。
　報われることなき旅路。生き続け、苦しみ続けることが報いだというのならば。
　ただ一矢。報いるためにこそ、生きながらえるものなり。

　なればこそ。――悪夢はまだ、続いている。