2009/01/28 (Wed) 探索70日目-日記

[ Third person -NEXT Encounter- ]

「しまった。先を越されてた」

　ラズがぼそりと呟いた。
　のんびりと振り返るリズ。リズの頭ごと振り返る、髪の上のふれあ。

「ガーディアンが、島の制御を離れて放浪しているという噂。
　逆解析で、島の中枢や道化師の位置を追跡できないかと考えていたけれど」

　ぎり、とケリュケイオンの術具を握り締める。
　緊迫の気配。
　この先の相手は、今までのように生半可な気持ちでは相対できないという、警告。

「あれ。女の人？」

　リズが首を傾げる。
　歪な岩を積み重ねて造られたかのような嶮しい崖の上に、その人形は座っていた。

『……私は………優し……全てを……』

　ラジオノイズが視覚化されているかの如く、人形の輪郭は時折乱れて見える。
　存在次元が固定化されてない。とは、アルワンの弁だった。
　ありえない、とも。

　突然、人形の首がぐるんと180度捻じ曲がった。
　軽いホラーな状況に、リズは「ひっ」とうめきをあげる。
　焦点の合わないガラス質の虚ろな瞳。相対する敵を視界に納めつつ、人形は言った。

『…まぁ！　ようこそ、いらっしゃいました…』

　機械的な声。合成音というのだろうか、わざとらしい抑揚が不気味な空気を誘う。

　人形は裸の女性の姿を取っていた。
　噂に伝え聞く島のガーディアンは男性型が多いため、この姿は異質だとも言える。
　要所に配置され、通過を見守り、あるいは阻害する魂無き人形。
　未だに、誰が何のために作製したのか不明。

「姐さん、視えてるか？」

　アルワンの声に、ふれあは強く頷いた。
　人形はそのものが仄かな輝きに包まれているが、心臓の位置にひときわ強い光がある。
　光を強く見せているのは、周囲にかすかな闇が覆っているからだ。

　黒禍の呪詛。道化師の使う、封印の禁呪。

「えっ、どういうこと？　あのピエロさんが、もうここに先回りしてたってこと！？」

　びっくりしながら声を大きくするリズに、ラズは首を横に振って応えた。

「恐らく、端末への強制介入。島のシステムを利用して遠くから覗いてる」
「本人はここにいない、ってか？」
「人形に供給されているの魔力と、呪詛が発する魔力が噛みあっていない。不安定。
　同調率が低く、波長にタイムラグもある。仕掛けた相手は、まだきっと遠い場所」

　現在地は特定されたから、今頃向かってきてるかもしれないけど。
　そう繋げて、ラズは大地に魔法陣を刻む。

　リズが十二枚のカードを重ねて配置する。アルワンが両者を媒介し、守護の結界を展開した。
　場の構築。万が一を想定して、対策はすでに練ってある。

「システムの逆解析は、もう不可能。
　だから、次の目標は人形の機能停止。
　言うまでもなく、宝玉反応と魔術師の呪詛介入で強化されている。注意」
「ん、わかった。足止めは私の役目。初撃で趨勢を決めて？」

　ふれあは水平に剣を構えた。場を利用して、自身に強い精霊力を重ねていく。
　ラズの背後を守る形で立っているリズが、ふと呟いた。

「あれ…？　人形の中心……、誰かの感情…が。封じられている……、力の、源泉……？」

　茫洋と紡ぐ言葉はそこで中断された。
　人形が、キリキリキリと関節を軋ませながらハイトーンの声で呻きだしたからだ。

『うぅッ……造られた、私は……与えたい、求めたい…………』

　能面のような表情が、ニコッと優しい微笑みを作った。
　深い慈愛に満ちた、仏に通じる美しくも可愛らしいアルカイク・スマイル。

『愛情を。』

　在り得ない方向、在り得ない形に身体を醜く歪めながら。
　False Islandに放浪する"造られしもの"が、鋭い牙を剥いて襲い掛かってきた――！