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歌を唄う猫の夢

定期更新ネットゲーム『Sicx Lives』の、 日記・雑記・メモ等が保管されていくのかもしれません。 昔は『False Island』のことを書いてました。

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 堅い焼きパンを、頑丈な奥歯で噛みちぎる。
 咀嚼しながら路地を歩く。露天商の出店を、冷やかして歩き。
 女の子らしからぬ振る舞いだ。お師匠さまに見られたら大目玉をくらうだろう。
 お目付け役もなく、開放的な気分が心を満たす。足取りは軽くステップを刻み。

「素敵! なにこれ、だーれも私を叱らない。こんな素敵なことってある?」
 ふふっと笑みながら、浮かれ気分でターンを踏んだ。
 街中にあふれる喧噪が、まるでオーケストラのマーチング・リズムのようだ。
 雲の上じゃない暮らしが、草木芽吹く大地の感触が、こんなに気持ちいいものだとは知らなかった。
 "魔法使いの宮殿"暮らしが、嫌いというわけじゃないのだけれど――。

「君、それは危ないよ」

 今度は空中三回側転に挑戦だ、と助走を取り始めた途端、声をかけられた。
 前に進もうとする勢いが物理的に削がれた。身体の一部が拘束された不快感。
 振り返れば、愛用の傘が男の握力に絡め取られている。

「あら、貴方はだぁれ?」
「俺? …いや、名前を聞いてる場合じゃないだろ」

 年齢は読み取れない。だが、青年と呼べる年頃か。
 涼やかな表情に深い蒼色の瞳。悪い人ではなさそうだけど、ジゴロか何かでもおかしくない。

「ここは大通りだ、人も大勢いる。傘や鞄を振り回すのは感心しないな」
「そう? 私、誰にも当てたりなんてしてないはずだけど」

 わずかな不機嫌をまじえて、言い返す。

「そうだな。でも、振り回すという行為は問題だ。
 君がとても楽しそうだから誰も怒れなかっただけで、迷惑に思う人はいたはずだ」
「……貴方のように?」
「そう、俺のように」

 くすりと微笑み、ピアノは傘を引く。ヴァーミリオンの傘が、するりと抜けて手元に収まった。
 掴んでいたポーズのまま驚いた表情の青年に、少女は内心で勝ち誇る。

「そうね、気を付けるわ。貴方みたいな色男に捕まらないようにね」

 言い捨てて、歩を進める。敵でないのなら、状況を荒立てる必要はない。
 置いていかれた青年は、去りゆく娘の背を見つめながらニヤリと笑みを浮かべた。

「……なるほど、あれが"雲の上の魔法使い"か。"メルト"が手を焼くだけのことはあるな」


            -+-+-+-+-+-+-

 商品の値切り交渉をする者、肩を組み陽気に騒ぎ立てる酔客、街角で談笑に興じる女性たち。
 子供が数名、厚紙の飛行機を追って駆けていった。曇りない笑顔。世界の変調を不安に思うこともなく。
 刀を腰に穿いた剣士、際どい衣装で色気をまく踊り子、狐耳の少女、四足の幻獣、喋る馬――。

 まるで種族の坩堝だ。
 街頭に添えつけられた石椅子に腰を落ち着けながら、魔術師は思案に耽る。
 セルフォリーフは不思議な世界と訊いていたが、分割世界からの闖入者の方がよほど奇妙だろう。

「それにしても、彼はいつまで待たせるつもりなのか」

 幾度目かの呟き。流れる雑踏を視線で追うも、待ち人はまだ現れない。
 約束の刻限は、とうに過ぎている。すでに太陽は、頂点を過ぎて傾きかけていた。
 まさか、声をかけてきた当人が先に到着していないとは。

「悪ィ、遅くなった」

 魔力循環の基礎練習で時間を潰そうとしたところで、やっと待望の相手が現れた。

「ジェイ、貴方は」
「まぁまぁ、怒るなってバジルさん」

 ジェイと呼ばれた青年は、バジルと呼んだ魔術師にウィンクで謝りながら、彼の肩に座る幻獣の顎を撫でる。
 若い雄の幻獣猫は、避けることもせず気持ちよさそうに目を細めた。

「予定外の事件に捕まっちまってな。
 でももう大丈夫、3人目はもうすぐここにくる。女の子だぜ、嬉しいだろ?」

 ひらひらと振ってみせるのは、モスグリーンの布財布。
 アゲハ蝶が舞う可愛らしいパターンが刺繍されている。どうみても女の子の代物だ。
 バジルは顔をしかめた。

「まさか、泥棒ですか?」
「違う。"きっかけ"さ」

            -+-+-+-+-+-+-

 夢猫ぴあのは走っていた。
 無い、無い、無い、無い! 路銀が無い!
 セルフォリーフでバカンスを楽しむ気分は、とっくの昔に吹き飛んでいる。
 どうやら財布をなくしたらしい。嵐の中でぶちまけたのか、スキップしたはずみで落としたのか。

 ――ありえない。

 そもそも、旅行鞄の中に入れていた財布が無くなるわけがないのだ。
 物理錠をかけ、魔術でもロックしたトランクは、今まさに引きずって走っているところ。
 絶賛厳重管理中のカバンから、気づかれることなく財布を盗んだスリがいるとしか思えない。

 ――どうやって?

 思い当たる相手はいたが、証拠もないのに疑うのは気が引ける。
 数分かけて発動させた遺失物探索の魔術に従い、スティルフの街並みをとにかく奔る。
 やがて、頼りない発光体の案内で辿りついたのは、街役場と思しき場所だった。

「野盗の討伐依頼はこっちだ! もっと腕に自信のある奴はいねぇのか!」
「ハムスター退治の受付はこちらですよー。そっちはアップル退治です、間違えないように」
「最後尾はこちらー! 新刊売り切れましたー!」

 ピアノは愕然と立ち尽くす。
 街役場の隣に設えられた青空依頼提供所は、物凄い数の人で溢れていたからだ。
 
「な、なによこれー!?」

 セルフォリーフは、自世界のみならず各地の分割世界にまで救援を求めた。
 すべてが悲鳴に応じた者ではないにせよ、節操なき要請が招き入れた混雑に違いない。
 探索術式はすでに吹き飛んでいた。
 おそらく誰かの強力な結界にでも触れてしまったのだろう。財布を探すどころではなかった。

 うーっ、と唸りをあげながら歯噛みする"魔法使い"。
 真横から近づく、ニヤニヤ顔の"召喚術師"と、呆れ顔の"魔術師"。
 独奏は二重奏へ。――ここからは、三重奏の波紋となる。

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アンジニティ:
ENo.106 梟霊アルワン

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ふらふらと漂う木片。
つれづれなるまま、
書き綴ってます。

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