2010/02/04 (Thu) 偽島15日目＠日記

　ベルクレア騎士団が陣を張っているという、密集した森のそばまで来たです。
　周囲は河に囲まれているため、迂回できないのだとか。
　騎士団の駐屯地をうまく抜けられなかったら、戦闘もあるらしいです。

「困った困った」

　拳をぽきりぽきりとやりながら、ジェイがうれしそうに笑っているです。
　このヒトぜんぜん困ってないです！ ケンカする気満々です！？

「で、騎士団とやらは強いのか？」

　カリアが携帯砥石で、短剣の刃先をごーりごり磨いているです。
　こっちも殺る気たっぷりです。ウチのPTは、好戦的な野蛮人が多すぎる気がするです？

「さぁな。名前に聞き覚えはあるが、実体はよく知らねーんだ。
　駄天使が天界からダウンロードしてきた情報の方が詳しいくらいだ」
「ダウンロード……」

　えへんと胸をそらすメルトに、カリアが溜め息をついたです。失礼です。

「天使は神の使いだからな。
　主神の意思を代行するため、必要なときに必要な情報が送られてくるようになっている。
　逆をいえば、ソレ以外の時は何もないまっさらな状態だ。
　だから、神の人形とも蔑まれているんだが」

　ジェイが一呼吸置いて、続けたです。

「システムとしては、物質界におけるコンピュータの関係と同じだな。
　マザーコンピューターが神様で、ネットワークで繋がっている端末が天使。
　Downloadってのは比喩で、正しくは"神託(oracle)"や"啓示(revelation)"という。
　…って、このあたりの概念は、妖精さんにゃ難しい話か？」

　カリアは首を横に振りましたです。

「数年、あらゆる世界を流したことがある。
　物質界も今回が初めてではないから、この世界を構成するシステムは理解できるとも。
　精霊魔法における、主従契約のようなものだろう？」

　相槌をうつジェイに、カリアは更に続けたです。

「神魔の秘蹟、魔術の秘儀、精霊の概念、妖精の存在――。
　物質界においては、すべて計測され知覚できるものとして把握されてゆく。
　人智の及ばない神秘が、哲学でも宗教でもなく、物理現象として処理される。
　正直恐ろしい世界だと、…思う」

　それきり２人は、黙ってしまったです。
　ゆるやかに流れる白い綿毛のような雲を眺めながら、ぼんやりと。

　メルトはただ、じっと耳を傾けているしかなく。
　言いたいことはあるのに、脳の奥で錠が落ちていて言えない、そんな感覚に捉われてたです。

「支配の聖剣を授けた湖の妖精、取替え子で産まれた竜の化身。
　死せる子供を導く幸せの天使、墜ちた悪魔を狩る正義の警吏。
　――人間はみんな、憧れてんのさ」

　よっ、と声をかけながらジェイが身を起こしたです。
　艶やかな黒髪にまとわりつく芝屑を払い、両手持ちの鞘剣を背中に佩き。

「ベルクレア騎士団は、典型的な人間の代表格だろうよ。
　理想を実体もない守護者に求めるところなんざ、特にな？」
「しかし、彼らは純然たる人間とは言いがたい」

　カリアがぶわりと羽を展開し、すっと空中に浮かび上がったです。
　陽光にきらめく白銀の鎧はすごく重いのに、まるで重量を感じさせない動作で。

「そんなヤツは、この世にゃゴマンといるさ」

　にやりと唇の端をつりあげた男に、カリアは口をつぐんだです。
　視線は、ジェイの瞳をにらみつけたままでした。

　メルトは２人の表情を見比べて、切ない思いを感じざるを得なかったです。
　そろそろ、哀れな天使を後ろ手に縛ってにボールギャグを噛ませていることを思い出してほしいです。
　最近、２人のお仕置きがマニアックになってきた気がするなのですよー？




　　――そして、刻は邂逅する。
　　鬱蒼と生い茂る森に切り開かれた林道、東西と南に交差する十字路を傲慢に封鎖する騎士の一団。

　　赤いドレスを纏う妖艶な女が、紫の眼差しで振り返った。
　　ねっとりと絡みつく官能的な視線は、本能に不快な戦慄を呼び覚ます。

　　脇に控えていたベルクレア兵が、取り乱した風体で慌しく武器を構えた。

　「…ッ！ ベルクレア第14隊、ただちに応戦だッ！！」