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歌を唄う猫の夢

定期更新ネットゲーム『Sicx Lives』の、 日記・雑記・メモ等が保管されていくのかもしれません。 昔は『False Island』のことを書いてました。

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「うーん、参ったわね……まさか逆に取られちゃうなんてねぇ」

 薔薇飾りの少女は、出逢ったときよりひと回り小さくなった姿で、悪びれもせず声をあげた。

「……ま、仕方ないわね。行きたいなら先に行くといいわ。
 気をつけることね、……今回のおじさんは積極的みたいだから♪」

 魔獣ヨーウィーの群れに撥ね飛ばされたダメージを微塵にも感じさせずに。
 サンドラはクセのある緑髪をなびかせながら、ふわりと空気に溶けて姿を消した。

            -+-+-+-+-+-+-
 ――遺跡外。
 ベルクレア騎士団第15隊、謎の少女サンドラと、激しく連戦を続けたパーティに疲弊の色は濃い。
 冷水に浸したタオルを絞りながら、ジェイは隣部屋から聞こえてくる呻き声に眉根を寄せる。
 
「もっと…、もっと、強く…、ならなくては……」

 カリアは鎧姿のまま、常宿の寝台に横たえられていた。
 彼はサンドラが放つ致命的な一手を防ぐべく身を投げ出し、そののち、意識を失って倒れたのだ。
 飛竜と同体とはいえ、前衛を引き受けているのはこの小妖精だけという現実。
 妖精種にしては類稀な身体能力を持っているだけに、過信して任せすぎていたのかもしれない。

「あの馬鹿天使、どんな遠くまで医者呼びにいってやがンだ」

 ジェイは苛立ちを声に換えて呟く。
 仮にも神の使徒を名乗るなら、こういう時に役立たなくてどうするのだと。

            -+-+-+-+-+-+-

 アラブ衣装であるディスダーシャに似た民族衣装に身を纏う、ひとつの人影が夜を走る。
 装束の色は黒。顔は黒いゴトラ頭巾に覆い隠され、露出する肌は無い。
 煉瓦の街路に音も立てず逃亡をはかっていた"彼"の最大の過ちは、人質を取る決断をしたことだろう。

 淡い金髪を腰まで伸ばした、美しい少女だった。
 名を、アレナ=クレメンティーン=ヴァイツァーという。
 白皙の面に尖る耳、エルフと呼ばれる長命の宿業を背負う妖精種。

 影は、壁にもたれ吐息をついていた不運な少女の首筋に腕をまわし、「動けば殺す」と必要な言葉だけを叩きつけた。

「逃がさないですよー? 逃がしたら、メルトが死ぬほど叱られるのでダメですよー?」

 影が睨みつける闇に、ほのかな光が見えた。
 光の根源が、濃密な霊気を結晶化させた"矢"であることを、やがて少女は知る。
 背のエーテル翼をぱたぱた動かしながら、頭上に光矢を従えて近づいてきたのは、全長10cm程度の――……天使?

「人質ですか! 悪魔のくせに卑怯です!」

 悪魔に卑怯とかあるのかしら…。アレナは思う。
 しかし同時に知る情報もある。自分を羽交い絞めにしている影は、悪魔と呼ばれる存在だと。
 魔族がすべて悪事を働く存在であるかどうかは知らないが、少なくとも、良い魔族でないことは間違いなさそうだ。

(…なら、容赦の必要はないわね)

 背後に肘鉄を叩き込む。腕の力が緩んだところで身をひねりながら抜け出した。
 影は虚を衝かれよろめいたが、すぐに反撃に転じる。鋭く突き出た爪で、人質を引き裂かんと手を伸ばし。
 だが、アレナが抜き払った剣は、すでに魔法をまとっていた。
 ゆるやかに暴れる彩焔。不可思議な色調に変化する炎の剣閃が、凶爪を腕ごと斬り飛ばす。

 悲鳴をあげ、のけぞる悪魔に追撃の必要はなかった。彼の胸に、光矢が突き刺さったからだ。
 傷口から燃え広がる火炎に身を包まれ、やがて黒装束の魔族は塵も残さずに消滅した。

「エルフが気に病む必要はないです」

 複雑な面持ちで見送ったアレナに、天使らしき少女がどこか冷たい口調で言った。

「あの悪魔は天使喰いです。メルトが上司に緊急依頼されて追っていたです。
 街に潜んで、ニンゲンやフェアリーも食べてたです。彼らの敵討ちを手伝ってくれて、ありがとうなのです!」

 ぺこりと礼儀正しく腰を折り曲げる天使に、アレナは少々呆気に取られた思いで見返した。
 実感の湧かない戦闘ではあったが、そんな大物相手に自分の剣技が通用したという手応えもある。

 天使がそっと、差し出した掌から仄かに輝く白い光を生み出して、手放した。

「間に合わなくてごめんなさいです。…神様の導きに従って、転生手続きをとるとハッピーです」

 薄くおぼろげな光は一瞬、幼き少年の姿を取る。
 眩しいほどの笑みを浮かべ、。やがて、高い空へ吸い込まれていった。
 アレナはそっと胸に手をあてる。自然にこみ上げてきた強い感情を、心に抱くように。

「エルフ。体調が悪いです?」

 メルトと名乗る天使が、小首を傾げつつ尋ねてきた。
 アレナは自身を省みる。確かに、決していい体調とはいえない。
 壁に寄りかかっていたのも、影の気配に気づいていながらも先手を取られたのも、そのせいだ。

「少しだけ…ね。最近、頭におかしな音が響くことがあって…。
 …いつもは、眩暈を起こすほど酷くならないのに」
「原因はわかっているです?」

 アレナは頷いた。とはいえ、症状を理解しているわけではない。
 欠落した記憶の一部が取り戻される時の、副作用みたいなものだろうか。

「誰かの愛を感じるです。…まだ、解いてはいけないですね?
 でもこのままでは、いつか自壊してしまうです?」

 ぱたぱたと宙を飛ぶメルトが、アレナの頭上へ指を突きつけ軽やかに十字を切った。

「神の祝福がありますように」

 不意に――、少女の気分を苛ませていた不快な圧力が掻き消えた。

「……!?」
「応急処置しか出来なかったです。メルトは恋の天使なので、治療とか修復は苦手なのです」

 悔しそうにこぼす天使。
 そんなことない、と伝えようとしたアレナを遮って、メルトは突然叫び声をあげた。
 
「ああっ! そういえばメルト、お医者さんを探している最中でした!
 早く見つけて連れていかないと、縄でぐるぐる巻きにされて日干しにされてしまうです!」

 ぐるぐる巻き? …日干し?
 およそ神秘とは無縁な、得体の知れない意味がこめられた単語に、アレナはクエスチョンの表情を浮かべる。
 空中で器用に蹴つまづきながら、不安定に上下しつつ飛び去ろうとする天使が一度だけ振り返った。

「あ、良縁強化もしておいたです。優しいエルフが、早く素敵な想い人に巡り会えますよーに、ですよー!」

 満面の笑みを向けられ、深青の瞳を持つ少女は毒気を抜かれた思いで息をついた。
 呆れて笑えばいいのか、思い出して悲しむべきなのか。複雑なところだ。

(想い人…ね)

            -+-+-+-+-+-+-

「助かった。ありがとう」

 夜の帳も落ち、煌々と灯火が照らす酒場宿の戸口で、ジェイは感謝の言葉を述べる。
 対面に立つ柔らかそうな亜麻色の髪の女性が、ゆっくり首を横に振った。

「…私は、呪症を取り除く手伝いをしただけですから」

 部屋では、カリアが健やかな寝息をたてて眠っている。
 放蕩天使を待ちきれず、医者を探そうと部屋を飛び出したジェイが彼女と衝突したのは数分前のことだ。
 偶然の出会いが幸運を招いた。
 サンドラの術式が体内で燻ぶり暴れていると看破され、適切な療術を施された妖精騎士の症状は快方に向かっている。

「その妖精の精神は強いですから、…放っておいても大丈夫だったかもしれません」
「ソレとコレとは話が別さ。素直に礼を受け取ってくれると助かるな」

 青年のウィンクに、女性は艶めいた微笑みを浮かべた。

「それでは、失礼しますね」
「ああ。…探し人、見つかるといいな」

 ジェイの言葉に、軽く会釈を返して。

(…記憶の封印の術式が解けてしまう前に、早く、彼女を見つけなくては)

 踵を返す靴音に、迷いは微塵もない。
 彼女は、自らが進むべき道を見定めていた。
 揺らがぬ決意で、顔をあげる。

(アレナ――……!)


+斜+[No.989 文章が好き!第三回イベント/ENo.519 アレナ=クレメンティーン=ヴァイツァーさんをお借りしました]-斜-

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