2008/06/13 (Fri) 探索43日目-日記

[ -CONTINUES- ]

　騎士は麗しい仕草で、白く滑らかな指先を東の方角へ向ける。

　　―――急げ。疫神なら、まだ間に合う。
　　其れ以上の戒めが解かれれば、あの仔僧は幽かな正気も失いかねん。

　蒼穹を宿す深い青瞳にかすかな慈愛を浮かべ。
　彼女は切り立つ岸壁を蹴り、後方に大きく広がる河へと姿を消した。

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[ Third person -NEXT Encounter- ]

　細腕を軸に巨槍が翻る。
　風貌に似合わぬ怪力と遠心力。重力に弾力まで全てを合致させて奔る。
　我流ではない。世の何れかで基礎を確立し、長い年月を経て磨き上げられた槍術。
　あまねく戦乱を正面から捻じ伏せてきた、騎士の戦技。

「止められるものなら止めてみるがいいッ！」

　前後左右に身体を振り、槍の襲撃を躱す。
　瞬速の三連撃。逃げ切れない位置に追い詰められる。
　そこをカバーするのはアルワンの役目。ふれあは、親友と連携しながらエリザを引きつける。

『古き札を扉にし、選びし三枚で誘導す――』

　女教皇、正義、隠者。大地に敷かれた三枚のTarot Card。
　分割不可能な多角形、三角の魔法陣となって真白き輝きを発す。
　眩さが心を引くが、エリザは動けない。危険な召喚を脇目に、甘んじる他ない。

　黒鋼の翼、闇色の体躯。紅に輝く二対の眼光。
　神話級の魔竜バハムートが、リズの詠唱の元に実体化しつつある。

（何ということだ）

　エリザは心の内に吐き捨てた。
　現在の彼女は敵対者の所有宝玉数に合わせ、三段階まで封印が解放されている。

　足りない。
　神風では間に合わない。花嵐の戒めを解放せねば、この者達は止められない。

　脳裏を過ぎるのは、道化師の掌に踊っている、邪念を帯びた契約の宝石。
　契約を結べば、一時的に全ての封印が解かれることは知っていた。
　使わずの選択に揺るぎはないが、これでは試金石の役目も果たせぬ。

（イガラシ……、貴様が嘯いた探索者とは、此奴等のことか？）

　召喚陣の逆側には、不気味なほど不自然な魔力が荒れ狂っていた。
　肌を突き刺す恐怖の感覚。

『――Connect, Integrate Circuit』

　避ける暇は無かった。
　自らの意思でなく、空中を舞っている。
　攻撃が命中したのだと知覚すると同時に、今度は正面から高密度の水流が臓腑を抉る。

　朦朧とする意思を無理矢理繋ぎとめる。
　まだだ。まだ、気絶するわけにはいかない。

　だが、振り返る先には、通常の詠唱速度には有り得ぬ現象が生じている。

『Tablelinks, ――Trigger』

　ラズの周囲で映像が巻き戻り、再び現実世界に映し出された。
　対象に激突させることで消滅した魔術が、同じ気配、同じ威力、同じ姿で再起動したのだ。

（まさかこの私が、こうも容易く追い詰められてしまうとは）

　だが、まだ落ちるわけにはいかぬ。
　連続する衝撃に仰け反りながらも、エリザは手放しかけた愛槍を強く握り直す。
　一閃。轟音を唸らせ、緊迫の空気を砕く。

　ふれあが駆ける。防戦に努めていた少女は、好機を逃さず一気に詰め寄った。
　腕はまだ痺れている。先刻、槍を受け止めた際に生じた痛み。
　流石に、守護者と呼ばれる存在は伊達ではない。

　横薙ぎに払う剣尖。受け止める剛槍。
　弾く。逆回転に体勢を巻き、踏み込みが音速を超えて爆発する。

（鋭き刃なれど未熟。まだ花嵐には届かぬ）

　戦いの帰趨など、とうに見えている。
　それはどうでもいい。重要なのは、私は今、とても楽しいということだ。
　この瞬間に限った話ではない。
　今期、島へ集った探索者達はすべからく、何と心躍る戦いを魅せてくれることか！

　エリザは口端を喜びに歪めながら、ふれあに一撃を叩きつけた。

『Loejingr Dromi Gleipnir, Gelgja――』

　極小の氷片が縒りあわさって形造られる真円の魔法陣は、ラズの導く呪文。
　導かれ出現した、銀鎖の拘束をエリザは引きちぎる。

　目前で、現世に召喚された魔竜が咆哮した。
　腹に空気を吸い込む仕草は、破壊を撒き散らす獄炎の前触れか。

『――孤独に惑う漆黒の星・深海の運命の輪を回せ』

　右手に星、左手に運命の輪。手の内に凝縮する宇宙の闇。
　己の使役するバハムートの攻撃に先んじて、リズは魔術を詠唱する。

　紡がれた闇が、解き放たれた。
　神風の敗北を確信しながらも、風の騎士は意地をみせる。
　有機質の粉塵を放出して流れる黒い彗星は、わずかに軌道を逸れていた。
　不甲斐ないと嘆息し、悠々と回避しながら叫ぶ。

「何だその攻撃は？　私を狙っているつもりか？」

　直後、バハムートの灼熱の吐息が、鼓膜を破る振動を伴って吹き荒れた。




　　パリン。




　砕け散った水晶球を前に、道化師は表情を崩さない。
　仮面は造形美の美しさを損なうことなく、三日月に裂けた口のまま。

「気づかれちゃった」

　くふっ、と。一言。

「なーるほどね？
　アレとアレが、邪魔者かぁ……。うん、間違いない。
　これは偶然じゃないね？　どうやら方針の変更が、必要なようだね？」