2008/06/18 (Wed) 探索44日目-日記

[ -Recollection- ]

　――お前にだけは見せてあげようね。

　秘密の共有は誘いの水
　つまらないゲームにスリルを与える一滴

　嗚呼、
　神の威厳に堕落を刻むは、なんと心躍る戯れだろうか！

　-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-
[ Alwan's Eye -Travel Side- ]

「これだから魔術師って奴らは」

　不貞腐れ気味に、呟いた。

　魔術とは、緻密な術式の積み重ねで形成するプログラム。事象のなぞらえと信仰で敷く神霊術とは様相がまるで異なる。
　形式を祭儀として奉ずればアルワンにも真似事ぐらいはできるだろう。
　できるが、手続きの面倒臭さを鑑みれば、魔術に五歩も六歩も劣る。

「つまり、ラズの術はあいつに消されて、あいつの術はリズが消したってこと？」

　姐さんの理解がいつもより早い。何か悪いものでも喰ったのかもしれない。
　その言葉にリズが偉そうに、ぶいっと二本指を突き出している。
　むかつく。

「何も解らなかったわけじゃない」

　失敗したが故の解読。
　隠密性重視のか細い追跡術式を見破った手際。それは、相手が使用魔術の特徴を理解していることに繋がる。
　すなわち、魔術師。

　ラズは淡々と語る。

　しかし、魔術師と一概に纏めても多種多様な分派がある。
　回路形成型、精霊使役型、降霊・憑霊型、陰陽型……全てを一人が網羅することは不可能だ。
　ラズが使った魔術がどのタイプかは知らないが、そこから判明することもある。

　つまり、多種多様な魔術に精通しているか、ラズと同じ魔術を使うか、だ。

　ラズはそこまでは語らなかった。アルワンも気づいているということを、告げない。
　後者であった場合、仲間の絆に歪みが生じてしまう危険性がある。当然だ。

（違う。――言い訳、だな）

　責任を押し付ける思考は、後ろめたさからの逃避。
　自分は、自分だけは、あの道化師の過去を知っているから。

　奥州アイヌの国々を護っていた神霊結界は、異国の魔術に崩された。

　結界はより強力な術で破壊する方が早い。
　構成術式を解析して分解するのは、相当の技術格差と相当の時間が必要となるからだ。

　最初は朝廷方に恐るべき術士が出現したのかと思っていた。
　しかし故郷が滅び、朝廷方に身を寄せ、当代最高と名高き陰陽師と交流も得て考えが変わった。

『阿瑠よ、誤解めさるな。主の職責は神の名代。――神とはなんぞや？』

　アルワンは、彼以上の術師を知らない。
　ラズも底を見せない術師だが、仮にも神格を宿す神霊が複数で練り上げた結界を一人で崩せはしまい。
　ならば、答えは簡単なのだ。結界の構成を、時間をかけて調べられる便利な立場があればいい。

　例えば、裏切り者の立場とか。

「わ、ここを抜けるの？　なんだかすっごく深そうな森だよ！？」

　リズの声に思考が引き戻された。
　顔をあげると、目前には鬱蒼と茂る樹林が立ちはだかっている。
　何物かもわからない、不気味な鳥類の鳴き声がキィキィと響き渡った。

「相手より先に、地の宝玉に辿り着くため。
　安心して。今の私達なら、この森に潜む程度の殺気に負けはしない」

　力強く告げるラズに、ふれあが首を傾げた。

「でも、あいつは神出鬼没。先に辿り着いて、待ち伏せてるかもしれない」

　頷くリズに合わせて、頭上のふれあもぐらぐらと揺れる。
　ラズは言葉運びに若干迷いを見せながらも、自信を込めて答えた。

「逆探知失敗の要因は主に距離。方角とタイミングの逆算で推測は可能。
　リズの術が、敵の"瞳"を破壊した。今、相手に私達を監視する方法は無い。
　そして、エリザが教えてくれた地の宝玉守護者の位置。
　天・地・人、全ての事象が利を制している。あとは時間だけ」

　これは反撃の狼煙。
　計画を出し抜くことで、姿を見せぬ敵に一矢報いるための策。
　通称"道化師"と呼ばれる、謎の存在を炙りだすための一手。

（他にも何か目論んでやがるな、こいつ）

　アルワンは複雑な気持ちを抱えながら、悩む。

　教えておかなければならない情報がある。しかし、喋れば巻き込むことになる。
　身内の恥とも言えるくだらない事件に、付き合わせる意味はあるのか？

　――本心では気づいていた。

　それもまた、言い訳でしかない。
　たぶん俺様は、失いたくないだけなんだ。

　約束もない偶然。旅は道連れで得た、愛おしくも大切な仲間達の信頼を。