2009/02/05 (Thu) 探索71日目-日記

[ Third person -NEXT Encounter- ]

『みんな、みんな……大好き、ですよ？』

　笑顔で振るう外殻の腕は、精神を磨耗させる凍結の息吹を撒く。
　結集した輝きは一種の防護陣となり、アルワンが解き放つ神咒を蹴散らした。
　口元から奏でられる奇妙にして耳障りな音が、抗おうとする決意に悪質な妨害を仕掛ける。

　"造られしもの"
　その姿、まさに人形。されど固定されぬ輪郭は、まるで天使か悪魔の如し。
　高名な魔術師でさえ、どう造ったかを特定することが出来ないという。
　在るから在るのだ、と結論づけることしか出来ない未知のマネキンは、そのほとんどが敵対的だ。

「結界、鳴神屏風」

　魔術と占具の二重円陣に増幅された浄化聖域が、身体や精神を蝕む毒素を浄化する。
　継いで放つ拳技もまた、精霊力が宿っている。
　輪郭定まらない相手では、ふれあが得意とする技は通用しない。だから、本来の霊力を被せて放つ。

　呪詛に阻害されていた精霊力が行使できるようになったのは、つい最近のことだ。
　正確には、サンドラと出逢った後。
　活力ごと、増大した呪いを吸い取られたのが原因と、アルワンは推測する。
　サンドラの仕業は、救助のためか、行為の結果かは不明だが。

　輝きの燐粉が弾け、拡散する。

『じっとして、私の愛を……受け取ってくれないのですか？』

　ひどくつまらなさそうに、人形は呟く。
　無造作に鳴らす関節の擦過音が、円陣の守護をガリガリと削っていった。

『愛して、います…よ…？』

　術式のサポートとしてリズが具現化していたリトルウィザード"リィーン"が、絶叫をあげた。
　魔力を喰らい尽くされ、精神を鷲掴みに愛撫され、力無く崩れ落ちる。

「へにょへにょですよぅー…。…マスター、ごめんなさい」
「うん、うん。安心して、寝ててね？　あいつは私達が倒すから」

　駆け寄ったリズが、召喚構成を解除してリィーンを元の書物に還す。
　だが、息つく暇はない。人形は無機質に無感情に、次なる攻撃を繋げてくるからだ。

『染めてあげますね、私の…好きな色に……』
『――Der Strudel magischer, Anrufe eine ernste Schuld』

　言葉を遮るように、ラズが魔術を重ねた。
　耳慣れない詠唱。この日の為に用意しておいた、とっておきの術式。

『どうし…て…？』
「一方的な想いは寂寥を加速させるだけ。私にも好みは、ある」

　人形の表情に、信じられないといった絶望の表情が浮かぶ。
　ラズは一顧だにせず、見下すように視線を断つ。

「The heaven is shone on. The god is a defense country.
　There is a holy girl who holds the sword of the soul」

　ふらり動揺した姿を好機と捉えたか、リズの占術が続く。
　二枚のタロットを軸に楽器を奏で。聖歌を謡う。
　人形の身体がガクリと跳ね、ノイズのようにぶれていた輪郭が固定されていく。

『どうし…て…？』

　ドウシテ、ウケトメテ、クレナイ、ノ？
　
　――人形が何故、愛を欲しているかは解らない。
　だが、知性体とも思えない人工物である彼女が、プログラムで喋らされているだけとも思えない。
　純粋に、ただ純粋に求める心。
　その無様で不器用な妄執は、人間の一面を正確に抽出しているとも言えた。

　纏わり付く黒い呪詛が一瞬、毒蛇の姿を取り、声なく喘いで霧散した。

『わ、たし…の……ぁ…い……けと…て……」

　操り糸が断ち切られる。
　ぷつりと音を立て、がしゃりと音を立て崩れ落ちる。
　
　アイ…、シ…、テ………――？

　ガラスの瞳から光が失われ、やがて人形は物言わぬ形骸と成り果てた。