2009/04/28 (Tue) 探索81日目-日記

[ -Recollection- ]

　かつて彼は、一面血海の赤き大地に立ち尽くす小精霊に向けて告げた。

「死は等しく、全ての者に訪れる」

　鋭利な双眸に酷薄な輝きを宿し。

「修羅に道を求めるとは、羅刹に寄り添うことだ」

　何者も寄せ付けぬ孤高。朽ちた屍を無惨に踏みにじる。

「陽姫、覚悟は恐れを知るものにしか辿り付けぬ境地よ」

　やがて振り返る。その無常な貌に揺らぎはない。

「お前は殺すことも殺されることも日常になりすぎた。故に覚悟が得られぬのだ」

　源頼光という漢は、凄烈なる信念を宿す希代の武将であった。

　夢猫ふれあの記憶の中で、彼を越える侍は存在しない。
　師である堀河中納言すら霞んで見えるほどに、真っ直ぐ未来を見据える強き男であった。

　いまでも思い出す。

　事実、大江山は千丈ヶ嶽の砦を支配せし野盗は、人の群れなれど鬼混じりの妖であった。
　されど事情の斟酌もせず、夜討の如き不意打ちで全滅させたとあっては名誉もなにもない。
　尊きお方からの勅命であるという事実のみで、人はここまで冷酷になれるのかと。

　――問うた応えが、其れであった。

「汚いも汚くないものあるか。命を奪う行為に何の酌量もあるものか」

　彼は混じり気なく心の底から純粋に、研ぎ澄まされた決意をただ述べた。

「俺達が生きるために殺す。ただ、それだけのことよ」

　源家の棟梁核として、一族郎党を守るためだけに生きる。
　単純明快にして揺るがぬ信念に、少女の安い疑念など通用はしない。
　軽口を叩き合うほどに心許す相手にさえ、己が道筋には口を挟ませなかった。

　その瀟洒な生き方が、彼の末裔を身動き取れぬ自縛の滅亡へと誘っていくのであるが――。

「陽姫、復讐に生きるのは無駄だ」

　大江山の鬼賊王、酒顛の血塗れた首級を片手に、頼光は平然と告げた。
　戦が産む憎しみの連鎖の渦中にあってなお、進んで巻き込まれ逝く不器用な武士はかすかに笑った。

「ただ、斬り捨てよ。本心で憎む相手こそ、路傍の石の如く斬り捨てて進め」

　些末なことに人生の全てを費やすのは詰まらぬことと、彼は言う。
　煮えたぎる怒りの矛先すら到達点ではなく、只の通過点に格下げしてしまえと暴論を吐くのだ。

　少女はまだ、その言葉を理解できていない。



　道化師は嗤う。狂舞劇の終幕は、刻一刻と近づきつつあると――。