2011/10/13 (Thu) 焔の月 2日目＠アンジニティ日記

　　世界はいくつもの世界に分かれている。
　　この世界に暮らす人々は
　　それらひとつひとつを分割世界と呼んでいる。

　　分割世界の文明や環境は様々で
　　平和で暮らしやすい世界もあれば
　　混沌とした物騒な世界もある。

　　舞台となるのは隣り合うふたつの分割世界。

　　　　　　　　　　　～Rulebook「Stage of The Game」より

　　　　　　　　　　　　-+-+-+-+-+-+-

　これは備忘録だ。詳細は併記しねぇ、面倒くさいからだ。
　ピアノのお嬢ちゃんは色々書き綴るのが好きなタイプだが、俺様はそんなタイプじゃない。
　つーか、書くのが好きなら"魔法使い"は無理でも"魔術師"には成れる気がするんだが…
　…どこで、どう育ち方を間違っちまったのかなぁ…。

　ああ、話がそれちまった。

　あの日、俺様は使い魔契約の"主"に命じられ、嬢ちゃんをセルフォリーフに案内するトコだった。
　ま、俺様もあの世界にゃ行ったこと無いんだがね？
　主の友人らしい天使野郎にアクセスマップを見せられた。ナビゲーションにゃ、それで十分さ。

　魔法で捻じ曲げられた次元回廊を抜け、分割世界を往く。
　だがね、抜けた先は青空広がる躍動の世界セルフォリーフ…、と思いきや、嵐の真っただ中。
　縒り合わさった低気圧の乱気流帯。
　っつーより、どうも次元干渉が起きている気もしたな。次元嵐。制御不能の力場のストーム。
　専門家じゃねぇからよくわからねーが。

「――――――――！ ――――――――――！」

　俺様の脚に捕まっている嬢ちゃんが、何か叫んでる。
　聞こえん。混乱しているのか、"念話"を使うことも忘れているらしい。

『オイ、手ェ放すんじゃねぇぞ！』

　仕方なく"念話"で声をかけてやる。俺様は嬢ちゃんの指導教官でもあるからな、お手本というやつだ。
　意志が伝わったのか、俺様の脚に捕まる手に力が籠められた――

　――次の瞬間、フッと手の圧迫感を見失っちまった。

　婉曲な言い方はしねぇ。
　つまり、嬢ちゃんは俺様の脚から手を放して暴風に呑みこまれちまったってことさ。

（オイオイオイオイオイオイ）

　ヒナ鳥でも解かる。そんなことしたら、地表に叩きつけられる以前に死んじまうってことぐらいな。
　嵐ってのは伊達じゃねえ。雨は凍って針の如く、雷は数万アンペアの即死レベルで放電中。
　俺様が結界を張っていてアレだ、着のみ着のままじゃ数分も耐えられねぇだろうさ。

　仕方ねェとばかりに風切り羽をフル稼働。
　ちなみに俺様は霊体なんで、空気を利用して翔んでるわけじゃねぇ。
　しかし、霊気も嵐の中じゃ狂い踊ってやがるからよ。上手く翔べたわけじゃねぇんだが。

　と。ここで更に予想外の事態が重なった。

　左右に揺さぶられながらも、なんとか嬢ちゃんの近くに辿りついたはすが。
　突然、辰砂色の何かに襲われて、跳ね飛ばされちまったのさ。

　後から思い返せば、ありゃあ嬢ちゃんの"傘"だろうな。
　嵐の中で傘を広げるなんざ、なんて自殺行為だと思うかもしれねぇが、現実はちょい違う。
　あの傘には、俺様の主の封印が施されている。つまり、"魔法の傘"ってことだ。
　いわゆる"切り札"なんだが……それを、嬢ちゃんはこんなトコで使っちまったワケだ。

　まあ、結果的にそれが失敗だったとは言わねぇよ？　死ぬよりマシだからな。

　でもまあ、俺様にとっては失策中の愚策ってとこだった。
　さっき言ったろ、この嵐にゃ次元干渉が起きている気がしたって。
　つまり、まあ、
　俺様は、傘が開いた衝撃と同時にこじ開けられた次元の隙間に吸い込まれてだな？

　否定の世界：アンジニティ
　分割世界の掟に触れた、追放刑の最終流刑地。無法者が喰いあう皆殺しの世界。
　環境は最悪。安息できる土地はねぇ。おまけに内側から外側に出るこた出来ねぇときた。

　――そんな世界に吹っ飛ばされちまったってことだ。

　霊気も不安定な空を滑空して、俺様が必死の思いで辿りついた街の名はタルタス。
　喧噪と退廃が蔓延する路地に、ぎらぎら他人を値踏みしてるような住民ども。
　この世界に似つかわしくない身なりの奴もいるようだが、中身は知れたもんじゃねぇ。

　さて、どうすっかな？
　俺様の旅は、こんな腐った街から始まるわけだ。何処かに在るという、破壊された隔壁とやらを求めて。