2011/12/21 (Wed) 焔の月 8日目＠アンジニティ日記

　満月を染める薄影は、老人に喰わせるため自ら火中に飛び込んだ霊兎の姿影らしい。
　仏族天部衆の偉いさんが、部下の本心を信じられずにしでかした行為の因果だ。
　霊兎が思いつめていたことに気づいてやれなかったのかと、昔の俺様は若く憤ったもんさ。

　今日、二匹目のブラックタイガーが天麩羅になった。

　香ばしかった。涙が塩味を効かせて、素材本来の旨味が引き立てられている。
　俺様は生涯忘れないだろう。霊梟を助けるために海老天と化した、彼の尊い犠牲を。

　トラウマで。

　つい先日、旅人に出会ったことを思い出す。
　己の血と返り血で汚れた外套を誇りのように羽織る、"精霊に愛されし者"。
　アンジニティの怪物にボロボロにされ、倒れていた俺様を助けてくれた。
　俺様は半身透けたミミズクの幽霊だ。怪物と間違えて、トドメを刺されてもおかしくない。
　なのに、命助けられたことに歓喜を覚える。それは、神霊時代に得た"願い"と言う名の供物。
　
　彼はこんな腐った世界に流され、苦しみ、大切な"存在"を見失っていたようだった。
　いや、当然の如く傍にいる"存在"だったからこそ、忘れていたというべきなのかもしれない。

　飛鳥田秋水という旅人は、先の街へ行った。
　疲れ切っているはずの相貌に柔和な笑みを宿し、精霊たちと戯れる童子にも似た心を魅せつけて。
　幸いあれ。――男の背を見送って、俺様は過去へ行く。


　彼とすれ違うように再会したのは、コーディアライト。
　つくづく縁のある猫耳娘だ。
　彼女もまた、タルタスの街へ戻っている最中だという。
　時折、思いつめた冷たい視線を遠くへ送っている。まるで、次元の向こうを睨んでいるかのような。

　男も女も、誓いを心に刻み、大地に歩を刻む。
　背負うものがあるのだ。独りで生きているようにみえて、俺達は皆、どこかで繋がっている。
　流刑の極界アンジニティ。くそったれな世界にも、誇りという名の生き方があった。

「なぁ、コーディ。お前は何を探しているんだ？」

　戯れに口にする。応えは期待していなかった。
　――だが、少女はしばらく口を閉じた後、掠れた囁きで呟いた。

「……敵。神の罪人」