2011/11/14 (Mon) 焔の月 6日目＠セルフォリーフ日記

「わぁ、ばかばかばかこっちくるなー！」
「脂身部分が足になっているのですね、興味深い」
「……お前ら、結構余裕あるなー」

　撤退戦というよりは、遁走と評すべき光景であった。

　身の丈数メートルを超える巨大な竈馬が、びょーんびょーんと大地を飛び跳ねながら追いかけてくる。
　その竈馬に跨ったセクシー衣装の女盗賊が、オーホホホと狂笑しながらロデオの如く首をガックンガックン揺らし。
　おまけに、彼らの周囲を駆けまわっているのはＴボーンステーキ赤身肉450g相当だった。霜降り状の脂身がとても美しい。

　この世のものとはとても思えない、常識崩壊の叫喚光景。誰だって尻尾をまいて逃げだすというものだ。
　しかし、現実からも逃避するわけにはいかなかった。

　彼らは、敵だ。
　紛れもなく、セルフォリーフの安寧を穢す恐るべき襲撃者だった。

「ううっ、もふもふを楽しんでいただけでしたのに」

　目の端に滲んだ涙を袖で拭いながら、ピアノは柔土に靴側をめり込ませて踏みとどまる。
　オイ、と声をかける仲間に背中で応えた。

「時間、稼ぎますわ！」
「馬鹿お前、こんなの相手にどうやって」
「知らない！ でも私が適任でしょう？ ――征きますわ。Song of The "Principium Fulgor"」

　傘を勢いよく開く、ただそれだけの動作。
　だが、音速を越えて広がる傘の皮膜は強い空圧を蓄え、衝撃波に形を変えて前方へ解き放たれる。
　魔術というより、力任せの常識外攻撃に近いが、

「不発ー！？」
「魔力が集束していませんね。力づくで衝撃波を起こすには筋力が足りない」

　バジルがさらりと分析するが、何の解決にもなっていない。
　ジェイは振り向きざま、召喚したウィル・オー・ウィスプをピアノの傍へ投げつけた。

『――"Tacitus Corona"』

　しかし、彼女はウィスプの保護を好まない。
　畳んだ傘を、鋭い踏み込みから振り下ろす。先の魔術と原理は同じ。されど、切り裂きで生まれた衝撃が急襲する。

「やりましたわ！」

　今度は発動した。物理動作と魔力を絡み合わせて発動させる術式原理を、ピアノ本人は全く理解していない。
　それでも、追い縋ってくる化け物たちを退けることができれば、結果オーライというものだ。
　カマイタチに似た空振が、強い爆発音を巻き起こし――

「………」
「………」
「………」

　巨大な節足を折り曲げて立ち止まった竈馬。
　豊満な胸をぽよぽよ持ち上げて、怪我の有無を確かめる女賊。
　ハテナマークを浮かべながら、タタタと駆け回っているステーキ肉。

「あれ？」
「効いてませんね」

　きゃー！と叫び声をあげて、ピアノが吹き飛ばされた。ウィスプが防御対象を見失ってあたふたしている。
　
「ジェイ、前方に街が見えます」
「ち、仕方ねぇな。――ウィスプ、嬢ちゃんを拾え！ 逃げるぞ！」
「戦いに負けたわけじゃありませんわ…、胸のでかさに負けただけですわ…！」

　混乱して妙なことを口走っているピアノを不定形の発光体が回収し、再び走る。
　セルフォリーフの化け物と対等に渡り合うには、決定的に何かが足りないのかもしれない。